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5月18日(水)

▲国際親善デー

1899年のこの日、ロシア皇帝ニコライ2世の提唱でオランダのハーグで第1回平和会議が開催された。日本を含む26か国が参加し、「国際紛争平和的処理条約」や「陸戦の法規慣例に関する条約」等が結ばれた。

日本では1931年から実施され、国際交流を通して平和を実現するという目的のもと、さまざまな催しが行われている。 ・・・とあった。

※これだけだと、今日、こんなに大事な日が、いったい、なぜそれほど当時、関心が薄かったのか、インターネットで当時の我が国の事情を探った。時期は、日清戦争の直後のようである。一方で、ロシアの事情もあったようで、不凍港南下作戦で日露争で衝突した。しかし、よく考えると、戦前は、建前上、お付き合いの「国際親善デー」であった気がしてならない。本音は、別にあったのか、そして太平洋戦争へ突入していったのか、国際社会の中での日本をこれからも観ていく必要があると思った。

当時の日本は幕末の動乱をへて、江戸から明治(1868年=明治元年)の時代へと移る。薩長倒幕派を主力とする維新政府は天皇が国家の根軸であり、権力の主体であることを説き、万邦に対峙しうる独立国日本に基盤を固めて行く。そして、明治2年には東京へ実質的な遷都をし、ヨーロッパの諸制度に学び改革を進めてゆく。そんな中で征韓論で下野した西郷隆盛との西南戦争で反政府士族を一掃、西郷自刃によって1877(明治10年)年9月内戦が終了し、万国に対峙しうる政府の起立を目指す。1881(明治14)年の明治14年の政変で基盤を固めなおした政府は、内閣制度を発足させ、1889(明治22)年2月11日には大日本帝国憲法を発布して近代化を実現させた。当時、欧米列強にとっては、他国領土の切り取りは思うがままであった。そんな中で、重工業の発展、富国強兵への道は止むを得ない面もあった。そんな中、1884(明治17)年12月李氏朝鮮の京城でクーデター。日本と同じように国王を頂点とする近代立憲君主制国家の樹立を狙う、親日派の改革派が挙兵するが事件は清の介入で失敗。金玉均が日本に亡命(甲申事変参照)。翌1885(明治18)年4月清国に特派の伊藤博文全権大使が中国の天津において天津条約を調印。日本、清国双方とも軍事顧問の派遣中止、軍隊駐留の禁止、止むを得ず朝鮮に派兵する場合の事前通告義務などが取り決められた。これから10年後、この事前通告に基づき清に続いて日本が朝鮮に派兵し、日清戦争(1894年7月~1895年4月)の火蓋が切られることとなる。この戦争で勝利した日本は日清戦争の講和条約である下関条約で清から割譲させた遼東半島をめぐって、ロシアはドイツ・フランスと手を組み日本に圧力をかけ、遼東半島獲得を日本に断念させた。
ロシアは極東進出のためにどうしても不凍港が必要であり、南下政策を取り満州における権益拡大をはかっていた。ロシアは遼東半島を日本に奪われることで南満州の海への出口を失うことを恐れ、日本の極東進出阻止を目論んだのである。当初、日本が朝鮮の独立を尊重するならば日本が中国を占領してもよいと考えたが、ヴィッテは極東に艦隊を派遣するなど干渉に乗り出した。そして、同じく中国の分割に関心をもつイギリス、フランス、ドイツの3国に提唱し、仏・独の賛成を得て3国による勧告を行い、日本に遼東半島の返還をさせたのである。(三国干渉)。
この三国干渉は、近代日本が外交的にうけた最大の屈辱であった。日本の世論においてはロシアとの戦争も辞さずという強硬な意見も出たが、当時の日本には列強諸国と戦えるだけの力は無かった。この苦い経験が、早く一等国の仲間入りをし、この屈辱をなんとしてでもはらそうと考え、富国強兵に拍車をかけることとなった。「臥薪嘗胆」をスローガンに耐え忍び、やがて来るであろうロシアとの戦いに備え国力を蓄えたのである。
1902(明治35)年、日英同盟が締結され、日本は外交的孤立から脱出。そして、日露戦争へ、第一次世界大戦へ、・・・そして、太平洋戦争へ。

▲国際博物館の日

国際博物館会議(ICOM)が1977年に制定し、1978年から実施。日本では日本博物館協会を主体として2002年から参加している。

○18リットル缶の日 全国18リットル缶工業組合連合会が制定。

18リットル缶(一斗缶)は、以前は「5ガロン缶」と呼ばれていたものが「18リットル缶」に統一されたことから、5ガロンの5と、18リットルの18より5月18日を記念日とした。

○ファイバーの日 食物繊維に関する情報提供を行う学術団体「ファイバーアカデミア」が制定。

5(ファイブ)一(い)八(ば)で「ファイバー」の語呂合せ。

○ことばの日 五(こ)十(と)八(ば)で「ことば」の語呂合せ。

◎今日の格言: 二兎(にと)を追(お)う者(もの)は一兎(いっと)をも得(え)ず If you run after two hares, you will catch neither.

同時に違った二つの事をしようとすれば、結局どちらも成功しないというたとえ。西洋のことわざ。

昨日は、雨の一日、久しぶりに一日休養した。おかげで腰痛もだいぶ良くなってきた。今日からは、お天気がよくなる。午前中は、定例のボランティアに参加して、無理をせずに体を動かそう。午後からタブレットを使い、Powepoint2013でスライドを試作してみよう。今までのPp2007よりは、かなり作りやすいはずだ。明日は、先輩たちとボーリング、少し点数を上げたい。今週は、大学から送られてくる教員のための論文添削をしっかりやって、応援しよう。

今朝のニュース、上野の国立西洋美術館が大陸をまたいでフランスの建築家ル・コルビジエの建築物としてユネスコの諮問機関が世界文化遺産として登録するようにユネスコへ申請した。 コルビュジエはフランスの建築家で、近代建築の巨匠。国立西洋美術館本館は国内唯一の作品で、1959年に完成した。らせん状の回廊や1階部分を柱だけで構成する「ピロティ」などが特徴。17点は3大陸7か国にまたがり、文化庁によると諮問機関は「地球規模での取り組みを示すもの。世界中に近代建築運動を広め、21世紀の建築文化の基盤をなしている」と評価した。来月、トルコで開催される世界遺産会議での登録が確実視されている、明るいニュースだ。

昨夜、東京藝大奏楽堂で6月10日㈮午後7時~ 藝大フィルハーモニア定期演奏会が、好きな作曲家 ベートーベン交響曲第8番 ブラームス交響曲第2番を演奏するのでチケットを購入した。
[ 2016/05/18 05:01 ]Posted byつれづれ日記 | 未分類 | TB(0) | CM(0)[記事編集]

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