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8/27(木) No pleasure without pain

 日本に原子の火がともった日

 1957年(昭和32年)の8月27日、午前2時23分に茨城県東海村の日 本原子力研究所で臨界実験に成功した。
 1955年(昭和30年)原子力基本法・原子力委員会設置法・総理府設置法一部改正法の、いわゆる「原子力三法」が公布され、「原子 力の平和利用」をめざしたことによる。 近年まで1年間に使われる電気のおよそ3分の1が原子力で発電されていた。  ちなみに、臨界とは、核分裂反応が連鎖的に起こって、継続されてい く状態をいい、原子炉の中で臨界をさせる事によって、原子力発電を可能にする。東海村といえば、東海村JCO臨界事故は有名。
 東海村JCO臨界事故は1999年9月30日、茨城県那珂郡東海村でJCO(住友金属鉱山の子会社)の核燃料加工施設が起こした原子力事 故。  被曝による死者2名を出した日本最悪の臨界事故。
 東海村JCO臨界事故は、1999年9月30日、午前10時35分頃、茨 城県那珂郡東海村の株式会社JCOの東海事業所・転換試験棟で、3人の作業員が硝酸ウラニルを製造中、突然の青い閃光と共にガンマ線エリ アモニターが発報し、臨界事故が発生。3人の作業員が多量の中性子線などで被曝した。
 
  大事故は、小さなミスによる事故の連鎖によって発生する。

 今、FUKUSHIMAの廃炉に半世紀の難題、最終廃棄処分の難題、事故の保障の難題、除染の難題・・・難題、難題が山積する中、鹿児島川内原発が再稼働した。今後の日本の電力、特に原子力エネルギー政策に大きな課題が突きつけられている。

 男はつらいよの日 映画シリーズは、松竹によって1969年(昭和44年)8月27日に第1作が公開され、1995年(平成7年)までに全48作が、1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。

 山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。第3作(監督:森崎東)、第4作(監督:小林俊一)を除く46作を監督した。第5作で山田が再び監督し、シリーズを完結させる予定であったが、あまりのヒットに続編の製作が決定した。

 以降、全作品がヒットして松竹のドル箱シリーズとなり、30作を超えた時点で世界最長の映画シリーズとしてギネスブック国際版にも認定された。ただしこれは作品数においてであり、年数では『007』シリーズの方が長い。渥美の死去により、1995年(平成7年)に公開された第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。第49作および本来の最終作となるはずだった第50作は未制作となった。その後、ファンからのラブコールが多かったとのことで、『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』を再編集し、新撮影分を加えた『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』が1997年(平成9年)- 1998年(平成10年)に公開された。

 私もテレビで「寅さんシリーズ48本」すべてを観て、楽しんだ。今もまた、「土曜は寅さん」が続いている。録画が、かなりたまってしまった、また観よう。

 今日の格言:楽は苦の種苦は楽の種
苦は楽を,楽は苦をそれぞれそのうちに含み持っている。苦楽が相伴うことにいう。...

 No pleasure without pain
  
 昨日は雨の一日、家でごろごろ、「日本の長い一日」を観た。終戦にこぎつけるのは、いかに日本の非常事態だったということがわかった。

 今日も気温は20度くらい、午後からパソコンの勉強、パワーポイントを教えてもらおう。夕方から、雨、懇親会・・・。
[ 2015/08/27 05:42 ]Posted byつれづれ日記 | 未分類 | TB(0) | CM(0)[記事編集]

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