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1/29(水) ピート・シ―ガ―さんのご冥福をお祈りしつつ・・・

  Where have all the flowers gone?
 ~静かな祈りの反戦歌~
 これは、以前、NHKのBSで放送された番組です。約1時間17分、内容が充実しているので、一気に視聴した。
 敬愛するfolk singer Peter Seegerさんが、お亡くなりになった。謹んでご冥福をお祈りし、生前を偲びUPします。
 我々の生きてきた時代を振り返り、これからの世界平和をとても深く考えさせられました。
 彼の奥様は、日系アメリカ人です。

 Where have all the flowers gone?
Words and Music by Peter Seeger
Inspired by a passage from
Mikhall Sholokhofv's Novel " And Quiet Flows the Don"
Additional Verses by Joe Hickerson






[ 2014/01/29 18:22 ]Posted byつれづれ日記 | ひと | TB(0) | CM(0)[記事編集]

12/7(土) もう一度、大切なことを、考えてみよう!

 ネルソン・マンデラ南アフリカの元大統領が2013年12月5日夜、お亡くなりになったことは、大きなニュースでTV、新聞を通じて、世界を駆け巡っている。アパルトヘイトを命をかけて撤廃させたとてつもなく偉大な人、インドのマハトマ・ガンジー、アメリカ合衆国のマーチン・ルーサー・キング牧師とともに永久に記憶していきたい・・・最近の記事からひとつを pick up する。
  
さよなら、ありがとうマディバ! ネルソン・マンデラ元南ア大統領、死去

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン) 12月6日(金)13時27分配信

さよなら、ありがとうマディバ! ネルソン・マンデラ元南ア大統領、死去

1995年ラグビーワールドカップ決勝前、ニュージーランド代表選手と握手を交わす南アフリカのネルソン・マンデラ大統領(当時)

 南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が亡くなった。2013年12月5日夜(現地時間)、ジョハネスバーグの自宅で息を引き取ったという。95歳だった。

 同国が長年抱えていた問題、アパルトヘイト(人種隔離政策)の撤廃活動に命を懸けて取り組み、国家反逆罪で終身刑を言い渡され27年間収監されてもなお不屈の精神を保ち、民族和解と統一、自由、希望をもたらした偉大なるリーダー。1993年にノーベル平和賞を受賞し、翌年には南ア最初の民主選挙で初の黒人大統領となる。正義感あふれる闘士だったがユーモアがあり、「マディバ」の愛称で国民に慕われ、愛された。

 自身が熱中していたボクシングをはじめ、スポーツが大好きで、世界のラグビー界から孤立していたスプリングボックス(南ア代表)を国際舞台に復帰させ、1995年に南アフリカでラグビーワールドカップを開催。大成功に導いた。同大会決勝後の表彰式、南ア代表ラグビー選手と同じグリーン&ゴールドのジャージーに身を包んだマンデラ氏が、スプリングボックスのフランソワ・ピナール主将に栄冠を渡し、固い握手を交わしたシーンは歴史的瞬間だった。かつて白人スポーツといわれ、アパルトヘイトの象徴とされたラグビーが、今日のように多くの黒人からも愛されるようになったのは、憎むことをせず、許し、抱きしめた、寛大なマンデラ氏のおかげといっても過言ではない。
 1999年に政界から引退しても、スプリングボックスの選手・スタッフたちはマンデラ氏への表敬訪問を続け、誇りをかけた戦いを約束し、マディバへの愛と感謝を忘れることはなかった。

 2010年のサッカーワールドカップ南アフリカ大会以降、マンデラ氏は公の場には姿を見せず、ここ数年は肺の感染症などで入退院を繰り返していた。
 マンデラ氏の葬儀は国葬として営まれる。

 これは映画「インビクタス」でも、深い感動を受けた。さらに、時事通信社の記事では、「「ある人種が別の人種を差別することが二度とあってはならない」。南アフリカが少数派白人による約300年の支配から抜け出し、黒人主導政権が誕生した1994年5月、大統領となったネルソン・マンデラ氏は就任演説で国民と世界から集まった政治家を前に誓った。新生南アの「建国の父」として人種差別との決別を世界の記憶に刻み込んだ。」

 あれから20年、南アでも決して差別や偏見、所得格差など、まだまだ厳しい現実がある。

 時おりしも、わが国では、毎年この時期を、「人権週間」としている。法務省では、第65回 人権週間  12月4日(水)~10日(火)とし、HPを見ると、「国際連合は,1948年(昭和23年)12月10日の第3回総会において,世界における自由,正義及び平和の基礎である基本的人権を確保するため,全ての人民と全ての国とが達成すべき共通の基準として,世界人権宣言を採択したのに続き,1950年(昭和25年)12月4日の第5回総会においては,世界人権宣言が採択された日である12月10日を「人権デー」と定め,全ての加盟国及び関係機関が,この日を祝賀する日として,人権活動を推進するための諸行事を行うよう,要請する決議を採択しました。

 我が国においては,法務省と全国人権擁護委員連合会が,同宣言が採択されたことを記念して,1949年(昭和24年)から毎年12月10日を最終日とする1週間(12月4日から同月10日まで)を,「人権週間」と定めており,その期間中,各関係機関及び団体の協力の下,世界人権宣言の趣旨及びその重要性を広く国民に訴えかけるとともに,人権尊重思想の普及高揚を図るため,全国各地においてシンポジウム,講演会,座談会,映画会等を開催するほか,テレビ・ラジオなど各種のマスメディアを利用した集中的な啓発活動を行っています。
 皆さんもお近くの催しに参加して,「思いやりの心」や「かけがえのない命」について,もう1度考えてみませんか?」とある。」
 自分自身をも振り返り、人と人、人権や人の命、尊厳、社会や、国、国と国、・・・、ネルソン・マンデラ氏の生き方から、もう一度、大切なことを、考えてみよう!と、思った。反省したり、みんな苦しい中に、夢を持ち続け、やるべきことをあきらめなかった・・・・I HAVE A DREAM ・・・WE SHALL OVERCOME 
YES,WE CAN・・・・
 
  
[ 2013/12/07 09:12 ]Posted byつれづれ日記 | ひと | TB(0) | CM(0)[記事編集]

8/29(木) すばらしい先生に感動しました!

 今日の午後、何気なくNHKのテレビを観ていたら、すばらしい番組の4月放映の再放送に出会いました。以下の記事は、4月に番組を観た方の、ブログからピックアップさせてもらいました。

タイトルは、「感動した!」です。

■昨夜のNHK"突撃!アッとホーム"での「卒業生173人のサプライズダンス」には感動して、家内共々泣けて、泣けて涙が止まらなかった。

■千葉県立船橋法典高校の卒業式後のハプニング!

・熱血女性教師、川崎広美先生(52才)に対して感謝の気持ちを表す卒業生173人のサプライズダンス。

・川崎先生は3年生の学生主任。生徒たちから"ピンクの悪魔"と慕われた。手がつけられない問題児、いじめで不登校生等々に逃げずに時には厳しく叱り、時にはその子のいい面を見つけてほめたりと硬軟織り交ぜて正面から向き合った。

・体がデカくて番長的存在の工藤君には「君は皆を引っ張るリーダーシップがある」とほめて変身させた。

・不登校の神作優里香には「安心しろ。先生がついているから一緒に頑張ろう」と励ました。遂に成績一番になり、3年生になって学生会長に選ばれた。

・有田百里さんは、別の学校でいじめに遭い、退学した。1年遅れで法典高校に転校してきたが馴染めずに無断欠席が続いていた。先生が自宅に通って説得して立ち直らせた。等々。

■工藤君を中心に、卒業式終了後に川崎先生への感謝の気持ちを表すアイデアを皆で考えた。その結果、全員が校庭でダンスをすることに決めた。楽目はAKB48の歌から選んだ。3ケ月前から密かに練習を続け、いよいよ当日がきた。卒業式終了後、173人の生徒が校庭に集まり、サプライズダンスが始まった。その時、川崎先生が渡り廊下に現れ「みんな、何やってるの?」。すかさず、リーダー格の工藤君が「川崎先生への感謝の気持ちです」と。最初は笑っていた先生もそのうち涙ぐみ『ありがとう!おめでとう!』他の先生たちも廊下に現れ、泣いていた。

■これは小説でもアニメでもない、正真正銘に現実にあった心温まるお話である。川崎先生やサプライズダンスの画像が出ないのが残念!

■政治でも企業でも、勿論、学校でも要は人次第なのだ。一人の情熱とリーダーシップで世界は大きく変わりますという例。
[ 2013/08/29 17:18 ]Posted byつれづれ日記 | ひと | TB(0) | CM(0)[記事編集]

8/27(火) ヤクルト 宮本選手の引退に思う

今朝のニュースで、ヤクルトで19年間活躍、宮本選手が今シーズンで
引退を表明。

2度のシリーズ制覇、WBCの主将として、二度のワールドチャンピオン
に貢献、自身、ゴールドグラブ賞に10回、2000本安打、とても輝か
しい実績だが、その地味・地道さゆえに、一層まぶしい。というのは、
彼ほど、犠牲の精神に徹し、犠牲バントが極めて多く、チームの勝利に
貢献しての2000本安打である。

「一度も、楽しいことはなかった!」「野球は、自分の仕事として、
捕球するにしても全力を尽くした」「悔いはない」 ここに、彼の
真骨頂がある。

引退後は、「しっかり勉強して、自分が指導者になりたい、という
よりも、是非、指導者として来てほしい人をめざす」と、きっぱりと
言った。実に立派なひとだなあ、と感心した。長嶋名誉監督も、彼が
指導者になることを期待して、労った。

 偉くなりたい、管理職になりたい、代議士になりたいという人は
いっぱいいる、だが、是非、なって欲しいという人は、ほんの僅か。
私は、後者のような人を、応援したい。

 次は、彼の指導者としての姿を、是非、見たい!
[ 2013/08/27 10:30 ]Posted byつれづれ日記 | ひと | TB(0) | CM(0)[記事編集]

8/23(金) イチロー選手(NYヤンキース)に、大きなあっぱれ!

 一流の人の言葉には、ズシリとした重みがある。彼は、珍しく約1時間ほどインタビューに応じた。その中で、天才だけど、小生の如き凡人にも、なるほど、そういう苦労をしての達成だと思うことがあった。
 彼の脳裏にいい思い出はほとんどないという。最も感銘を受けたことばは、「4000の安打を打つには、8000回以上は悔しい思いをしてきている。それと自分なりに向き合ってきた。誇れるとしたらそこではないか」彼の本音だろう。常に、自分自身との闘いを諦めなかったことが、凄い。一方、次のようなことも言っている。「満足したら終わりというけれど、それは弱い人の発想。それはものすごい小さなことでも満足するし、達成感も感じる。それを感じることで『次』が生まれる。」これは絶妙なバントヒットやスリル満点・全力疾走の内野安打を言っているのだろう。そして「野球に関してはなかなか妥協はできない。『休みの日は休むことはできない』」という。チームが優勝争いをしていても、最下位を低迷していても、「どんな状況でも個人の仕事はやらなきゃいけない」と、常にベストを尽くしている。これは、練習や道具の手入れ、ストレッチといった普段の準備を怠らないという、プロ意識を言っているのだろう。まったく、ブレない生き方が彼の生き方の凄いところだ。小生なんぞは、もう飲まなくちゃやっちゃいられないと、勝手な息抜きをつくってしまっていた。間もなく彼は、40歳になるが、彼の進化は止まらない。小生は、まもなく70歳になるが、ほんの少しでも進化しなくちゃと思う。何十年しても、彼を越える名選手が現れるかどうか、同時代に、楽しませてくれていることを有り難いと、思う。

 今日は、前橋育英高校が母校に凱旋する。次のイチロー選手を期待する。甲子園の開幕に贈った「ああ栄冠は君に輝く」にあわせ、今朝は、クィーンの「We are the Champions」を、前橋育英高校に贈る。(メロディーは好きだが、歌詞はちょっと問題があるので、訳は載せないことにした。)
 なお、この曲は、すべての人がチャンピオンになるというメッセージソングであり、かつ、NYヤンキースのテーマソングであることも添えたい。


 
[ 2013/08/23 09:30 ]Posted byつれづれ日記 | ひと | TB(0) | CM(0)[記事編集]